君の木の下

子なし夫婦の日常備忘録

スイス・イタリア旅行 4日目 ~朝のベネチア、ミラノ、ぼったくり集団

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4日目。

昨日はすごい人だったので、人の少ないサンマルコ広場を見たくて早朝に宿を出る。

行く途中、あちこちで掃除のスタッフを見かける。まだ6時半過ぎだというのに。まあこの時間しか掃除などできないのだろうけれど。街に雇われているのだろうか。
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しかしこうやって街の美観が保たれているのだと思うと頭が下がる。ベネチアは街並みは綺麗だがごみや落書きが多くて汚いと事前情報で聞いていたが、言うほど汚くないな、と感じたのはこの人たちのおかげなのだ。
ちなみに、8時頃カナルグランデ(大運河)を駅へ行く水上バスに乗ったら、彼らがボートでゴミ袋を運んでいるのを見た。
朝からありがとうございます。


7時ちょうどにサンマルコ広場に着く。ついたとたん協会の鐘が鳴り出した。鳩が一斉に飛び立つ。
昨日は暑くて歩けなかった広場の真ん中を歩いていると、ウェディングフォトを撮影しているカップルに遭遇。韓国人のようだ。
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わたしたちもベネチアでのウェディングフォト撮影を検討していたので(結婚式が和装だったため)、少し羨ましく眺める。わたしは一生ウェディングドレスは着ないかもしれない。
花嫁さんは美しく、幸せのお裾分けをもらった。


サンマルコ広場周辺で朝から開いているバールがあるだろうと踏んでいたのだが当てが外れ、どこにもなかった。お腹を空かせたまま水上バスに乗り込む。船の中は通勤らしいお客さんでいっぱいだ。
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この街ではバイクどころか自転車すら見かけなかった。まあ、あれだけたくさん橋がかかっていてそのほとんどが階段では、それらは役にたたないのだろう。でも通勤は大変だ。


ベネチアサンタルチア駅のバールで朝ごはんを買い、駅前の階段に腰かけて食べようとしたら、大木くんのサンドイッチをカモメがかっさらっていった。その後すぐカモメが群がりぎゃあぎゃあと人でも殺しそうな勢いでサンドイッチを取り合いだした。怖くなってホームへ移動。結局電車の中で食べた。
カモメこわい。


これにてベネチアの旅は終了。
思った以上に楽しかった。イタリアの絵画を堪能し、街を散策して街並みを楽しみ、ゴンドラに乗り、離島へも行き、食堂でワインも飲み、朝日に濡れるサンマルコ広場も見られた。
「満足!」「満喫した!」と口々に言い合うわたしたち。

およそたったの23時間だったけれど、考えられうる最大限の体験ができたんじゃないだろうか。
満喫しつくした!
ありがとうベネチア



さて、ここからはほんのちょっとだけミラノ観光をする。

まずは地下鉄でドゥオモ(大聖堂)の駅へ向かう。
地下鉄の駅から階段を上がったところで黒人が何かを配っていて、大木くんが受け取ってしまった。慌てて追いかける。

「ダメだよ、売り物だよそれ」

へ?と大木くんは首を傾げる。観光客向けのサービスだと思ったらしい。んなわけない。ああいうのは一種の物請いかぼったくりの押し売りだ。
配っていたガタイのいい黒人が近づいてくる。わたしはいらないいらないと言ったのに、彼はニコニコしながらそのミサンガを大木くんの手首にくくりつけてしまった。そして我々が立ち去ろうとすると
「おい、金」
といきなり怖い顔で凄む。
うわ、と思っているうちに仲間が何人もやって来て取り囲まれてしまった。「受け取ったんだろ、金を払え」と。みんな大木くんよりもずっとでかい黒人である。
「とりあえず10ユーロくらいに払ってしまおう」
とわたしは大木くんに言う。
しかしあいにくなことに財布には硬貨と50ユーロ札しかなく、それを渡した。お釣りに10ユーロしかくれなかったため、大木くんがちょっと、というともう20ユーロ渡された。ちゃちなミサンガが20ユーロ。完全に押し売りだしぼったくりだ。まあこの程度で済んでよかったというべきか。

彼らのもとを離れてすぐ「それ縁起悪いから捨てよう」とわたしがほどこうとすると、大木くんが引きちぎってその場に捨ててくれた。地面にはほかにも同じようにミサンガが打ち捨てられていた。

ああ、嫌な思いをした。
世界中の色んな場所で黒人差別があるが、こういうやつらがいるからだよ、と思う。観光地で白昼堂々こんなことをするやつらがいるんじゃ、悪い印象はいつまでもなくならない。彼らは自分たちが同胞を苦しめている自覚がないのだろうか。
あと警察や自治体は一体何をしてるのか。


怒りと跳ね返しきれなかったという後悔で、ミラノの最初の思い出がものすごい嫌なものに。
そこで我々はドゥオモに入ることにした。当初の予定では先にごはんのつもりだったが、まずは穢れを落としたかったのだ。ナポリの教会に入ったときに荘厳でとても厳かな神聖な気持ちになったことを思い出し、ドゥオモに入れば全部洗い流される気がして。

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並んでいる時間的余裕はないため、ぼったくりな値段のファストチケットを購入し、まずはエレベーターで屋上へ。
緻密に作られたいくつもの塔を観察して回る。
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ミラノ大聖堂は数か月前にテレ東の「美の巨人たち」で見たばかりだったので結構楽しめる。

内部も圧巻だ。
もっと神聖な感じがするかなと思ったが、黒っぽい石で作られていて太い柱が何本もたっているせいか、どちらかというと「荘厳」という印象を持った。重たくて力強い、そんな感じ。
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ドゥオモを出るころには、気分もさっぱり清らかになっていた。
さあ飯だ飯だ。

「イタリアに行ったらピザは食べときたい」という大木くんの希望で、ナポリピッツァのお店へ。ミラノでも人気のピザ屋はナポリ風だよ。
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ナポリのピッツェリアの半分くらいの大きさ(と言っても日本より大きいかもしれない)のピザが1.5倍くらいの値段する(と言っても1,000円程度)。
でもおいしかった。

ただ、ミラノの暑さにやられたのか、大木くんが熱中症のような症状を訴えていて食欲がない。
完食せずお店を出ることに。
店の人にもういいの?と怪訝な顔をされる。

大木くんの希望でガレリアを通り抜けていく。
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高級ブランド店が並ぶ。ファッションの街の象徴のような場所。
とても入れそうな店はない。
だがここを通り抜けたことでとりあえずミラノスタンプラリーは必要数押した気分。


北へ向かう電車に乗る。
ドモドッソラ、ブリーク乗り換えでツェルマットへ。
ドモドッソラの駅前のスーパーで、夕食用のサンドイッチを買うついでにフルーツを買う。
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4時間半の鉄道旅を終え、夜8時ごろツェルマットに到着。
ここからが旅のハイライト。
ツェルマットはマッターホルンの麓の町で、ハイキングの拠点となる場所だ。
ここでは3泊する予定になっている。
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ただ…どのレストランも高い。普通に一人前ずつ頼んだらひとり6000円以上するんじゃないの?という店しかない。3泊の間ずっと外食してたら死ぬ。マックを見つけて少しほっとする。
まあ、予約している宿はキッチンつきだ。しっかり自炊しよう。


宿は広いワンルームアパートのような部屋。
買ってきたネクタリンを向き、二人で食べる。静かな休日のような夜だ。

スイス・イタリア旅行 3日目 ~ベネチアとブラーノ島

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三日目。
ミラノ駅でパンとカプチーノを買い、イタロという鉄道会社の特急でベネチアへ向かう。
ミラノ駅はファンタジー映画に出てくる巨大な駅といった風情で、重厚で活気がある。
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電車もかっこいい。

電車に乗り込むとわたしたちの予約している席におじさんがいて、「あの、すみません」と声をかけると「俺の席の隣には他に人が座ってて、いますいてるからこっちに座ってるんだ。別の席に座ってくれない?」と言われる。この適当加減、イタリアっぽいなと感じる。
ただ、首を傾げる大木くんに日本語で通訳してると、「わかったわかった」とおじさんはどいてくれた。



一時間半ほどでベネチアへ到着。駅を出たとたん、
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映画の中に入ったような、タイムスリップしたような街並みが待ち構えていてテンションは急上昇だ。

宿は観光スポットからは離れているけど、そこへ向かう道すがらも写真を撮りまくる。
宿の人も親切で嬉しい。


リュックをおいたら、観光へ出発だ。
まずはサン・ロッコ教会と、そのとなりにあるスクオーラ・グランデ・デイ・カルミニ(大同信組合建物)を見学。
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絢爛豪華な天井画。ずっと見ていると首が痛くなるので鏡が置いてある。それを手に持ち、覗きこみながら鑑賞できる。

絵の意味はわからないけれど、イタリアに来たなあと実感する。とにかく「すごい」しか出てこない。


有名なリアルト橋で記念撮影したあとは適当なリストランテに入り、少し早い昼食。
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生ハムメロンは一皿をシェアし、パスタはそれぞれイカスミパスタとカルボナーラを食べた。カルボナーラは卵感が強い。日本のクリームを使ったカルボナーラとは違うものだし、以前シチリアで食べたぼそぼそしたチーズ感の強いものともまた違う感じ。いつか本場ローマに行ったらまた注文しよう。
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その後、リアルト橋前のショッピングモール屋上テラスへ。ここではこんな景色が無料で見られるのだ。
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お次はサンマルコ広場
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すごい人。あと暑い。死にそう。
水をめっちゃ買い込んでゴンドラ乗り場へ。


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ゴンドラどうかなあ、柳川の川下りとかも上から眺めていた分には優雅だけど乗ってみたら大したことなかったしなあ、と思いながら乗ったのだけど、海に漕ぎ出した瞬間陸から眺めるのとはまた違う雰囲気に一気に気分が高揚。いやあ、のってよかった。
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ゴンドラを降りたら今度はブラーノ島へ向かうべく、船着き場へ。

これは救急車。
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これはお墓。
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島ではふわふわのにゃんこがお出迎え。
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ここではとにかく写真を撮る。
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撮る。
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撮る。
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はあー、楽しかった!



ベネチアに戻ってきたら、オステリア(食堂、居酒屋のような店)で晩ごはん。
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壁のメニューはイタリア語オンリー。3割くらいしか読めない。しょうがなく店員さんに選んでもらった。気前よく説明してくれ、おすすめを教えてもらう。
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写真はアンティパストの盛り合わせ。


19時半頃店を出る。
外は夕暮れ。
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宿に戻り、泥のように眠る。

スイス・イタリア旅行 2日目 ~レーティッシユ鉄道ベルニナ線とシルスマリア

2日目。
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今日はレーティッシュ鉄道に乗ってミラノへ向かう。
まずはクールからサンモリッツまで。
クール駅には早朝からやっているプレッツェル屋さんがあった。
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そこで買ったプレッツェルを朝ごはんがわりに車内で食べる。塩がきいていて、生地もほどよくかたく美味しい。これは正解。

車内では数か国語で案内がある。ドイツ語、英語、ロマンシュ語?、途中からイタリア語も登場しだした。

さて、サンモリッツ駅で降りたらスーツケースを預ける。スイスは主要駅間で荷物を運んでくれるシステムがあるのだ。2日後には受け取れるとこのと。ツェルマットまでお願いした。

コインロッカーに当座の荷物を詰めたリュックを入れ、駅の目の前に止まっていたバスに飛び乗った。
湖畔の街、シルスマリアへ。

バスを降り、馬車乗り場を探す。間違って貸し切り専用の馬車駐車場(?)にたどり着いてしまったが、運転手のお兄さんが親切にも乗り合い馬車の担当者に電話してくれ、ここで待ってていいよ、2分後にピックアップしてくれる、とのこと。

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果たして数分後にすでに6、7人乗っている馬車が来て、わたしたちも乗せてもらう。
はじめは中間地点までの予定だったけど、明らかにその向こうの方がきれいそうだったので結局終点まで乗せてもらった。

隣に乗っていた夫婦が、「この先まで行くの?ここから降りるの?」と聞いてきて、「降りるつもりです」と答えると、「向こうは景色がとてもきれいよ」と教えてくれたので電車の時間を気にしながら少しだけ登る。
こんな景色。
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いやー、来たね、スイス。
スイス来たねえ。


さて、帰りはハイキングだ。
途中までは馬車道をたどり、中間地点の協会からはハイキングコースへ入る。
鉄平石という石の屋根の素朴な家が点在するのを眺めながら下る。


途中、ベンチを見つけて、来る前に買っておいたサンドイッチを食べる。氷河を眺めながらのランチタイム。
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サンモリッツからはいよいよ世界遺産にもなっているベルニナ線だ。
のどかな山の景色をいくつか過ぎて、見えてきたのはラーゴ・ビアンコ!

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美しい。美しすぎる。
この鉄道に乗りたかったのだ。
なんだかんだわたしは電車が好きなのだ。座ってるだけで素晴らしい景色を見せてくれるし、なによりかわいいから! 電車!


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牛さんがいっぱい。
この辺はハイキングコースにもなっている。シルスマリアへいかずにこっちをハイキングしてもよかったかもな。でもこれは鉄道に乗って見た方がきっと楽しい。
あ、いや、ハイキングコースから湖と鉄道の写真を撮れたらそっちの方がいいかも…


さて、終点に近い場所では有名なブルージオ橋を通る。楽しくて写真を撮りまくる。
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電車は一回転して線路の下をくぐり、坂をくだっていく。
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はぁ。楽しかった…。


終点ティラーノはもうイタリアだ。なにもしないで国境をまたいでしまった。
ここで少し時間が空いたので、駅前でジェラートをひとつずつ食べる。大木くんはレモン、わたしはヨーグルト味。サンモリッツは涼しかったがここはもう暑かった。

ここから鉄道を乗り換え、ミラノへ。
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駅舎の素晴らしさに圧倒される。
うわーイタリアだよ。かっこいい。また来たぜイタリア。

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ホテルは駅のど真ん前だった。

疲れていたので食べには出かけず、駅で買った揚げピザやサンドイッチで晩ごはんとする。
泥のように眠る。


今週のお題「わたしと乗り物」

スイス・イタリア旅行 5日目 ~雨のシオン

5日目。

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朝から雨。

宿からはマッターホルンが見えるはずだが、厚い雲で何も見えない。

少しホッとする。ここまで毎日が大スペクタクルだったのでここらへんで一息入れたいところ。

 

スーパーに行き、当面のパンと今日の昼食用に茹でるだけのラビオリを購入。

再び宿に戻り、朝食を食べたら洗濯をすることにする。この4日分の汚れ物を洗うのだ。

この宿には洗濯機があるとブッキングドットコムには載っていたのだが、実際には何もなく、また有料のランドリーサービスは高すぎたので手洗いすることに。

洗剤は日本から持ってきている。洗濯用のひもも。

わたしが洗い、大木くんが脱水する。

紐を窓やタンスの取っ手にくくり付け、この上に洗濯物を並べる。

 

非常に景観が悪くなったが、一仕事終えた気分。ゆったりしたいつもの休日のような。

ラビオリをゆでて簡素な食事を終え、昼からは出かけることにした。

ツェルマットから電車で2時間のシオンという街へ。

旧市街の丘の上に、城塞のような外観の教会と、200年以上前の火災で廃墟になった城があるらしい。

 

 

丘の上ということで結構登る。

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あれだ。

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教会の中には、浮かぶようにパイプオルガンが。地球の歩き方によると、世界最古の演奏可能なパイプオルガンなのだそう。

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ちょうどイベント前らしくて、調整のためか小さな教会内にパイプオルガンの音が鳴り響いていた。

本番でないので、演奏は数フレーズで止まってしまうものの、パイプオルガンの音は天と直接つながっているかのような神聖な響きで、こんな歴史を感じる音をこの場所で聴けたことにわたしたちは感動していた。


さて、教会の次は隣の丘の上を目指す。

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ブドウ畑のわきを通り、

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坂を登る。

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階段がすごい。単に急というだけでなく、ファンタジー映画の中に紛れ込んだような荒涼としたこのたたずまいね。

 

先ほどの教会を横目に見ながら。

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あそこだ。

屋根は完全になくなっている。

いま、残っているのは壁の一部だけのようだ。

 

 

高い丘の上にあるのであたり一帯が見渡せる。

向かいの丘は、一面がブドウ畑のようだ。

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さっき入った教会も、あんなところに。

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パズルとかであるヨーロッパの景色みたい、と大木くんが言った。

本当に。


わたしは海外はスイスが7か国目だけれど、中世のお城だとかを見る機会はこれまでなかったから、この景色は初めての体験で、ちょっと遠出してシオンまで来てよかったなと思う。

 

 

 

さてさて。

教会や城跡を満喫したので、丘を降りることに。そして旧市街にてチーズ屋さんを発見。

おっ、今日の夕飯に良いのでは?

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購入。

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ヤギのフレッシュチーズも。

 

次は加工肉屋さんを発見。

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ソーセージを2種類買ってみた。

さらに、帰りがけにパン屋さんでキャベツくらいの大きさの茶色いパンを買う。渡されて驚く。キャベツくらい重い。

 

 

乗換駅のフィスプで時間があったので、駅前のスーパーで食材を調達。

ツェルマットに帰り、夕飯の準備を。


ソーセージを焼いて、チーズを切って、ジャガイモで見よう見まねのレシュティ(スイスで一般的なジャガイモ料理らしい。細切りにしたジャガイモに塩を振ってバターで焼くよ)を焼き、クノールの粉末スープでビュンドナー・ゲルシュテンズッペというスープも用意。

それから、スイスワインも。

 

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なんだかリッチな食卓になったんじゃないか。

白ワインはあっさりしていて飲みやすく、ソーセージはちょっとしょっぱかったが、日本では食べたことがないくらいめちゃくちゃジューシーで、「肉食ってる!」って感じだった。プロセルチーズの方は濃厚な味わいでおいしい。ヤギのチーズは…ジンギスカン食べてるみたいだった!風味が!チーズなのに!

 


旅行中、もしかしたらこの日の夕食が一番おいしかったかもしれない。

小さいボトルではちょっと飲み足りない気もしたが、明日はハイキング。明日に備えてしっかりと眠る。

スイス・イタリア旅行~1日目

スイス・イタリア旅行に行ってきたのでその備忘録を残しておく。もう日本に帰って来たのだけど。書けるテンポで、少しずつ。

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現地時間15時すぎ、チューリッヒに到着。
空港駅のカウンターでハーフフェアチケットとクールまでの切符を購入し、電車に乗り込む。
ハーフフェアチケットは単体で一万数千円と高いが、これがあると現地の移動が半額になるのだ。スイスは鉄道が高いから仕方がない。
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チューリッヒ駅で珍しがって写真を撮ったりおやつを買ったりしていたら電車の時間ぎりぎりになってしまい、「二等車はどこだ!」と走って慌てて乗り込んだら汗をかいた。

なんとか二人ならんで座れる場所を見つける。電車は美しい湖畔に沿って流れていく。
一時間ほどでスイス最古の街クールに到着だ。


まずはホテルに荷物を置き、身軽になって少しばかりの散策へ。旧市街を上から眺め、そのまま街をくだりながら食べるところを探す。
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みんな外で食べてる。

しかしどこの店も高い。
ここも高い、ここも…などと言っていたら店が決まらないので何となく広場に面した店に決めてしまう。メニューがドイツ語でわからなくて、わたしは初のスイスでの食事がチリコンカンになった。なんでやねん。
大木くんはよくわからないじゃがいもとチーズの料理。濃厚なチーズがうまい。これはさすがスイス。
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ただ、二人とも1品ずつ、飲み物一杯ずつというのに日本円で6千円くらいになった。。。
スイス高い。


目の前の教会の鐘が鳴り出す。風情があるなあ…と聞いていたらそのまま15分間なり続けた。さすがにうっとうしい。
お店のおばちゃんがじょうろを持っててくてくと広場の中心に歩いていったと思ったら、噴水に突っ込んでざぷんと豪快に水を汲み、店の花に水やりを始めた。
小さな町の生活感である。


時刻は夜8時。まだ外は明るい。


時差ボケでその日は泥のように眠る。

原爆の日に寄せて

8月6日は広島の原爆の日。大木くんと少し話をした。

戦後74年もたつとどんどん風化していくのがわかって怖いね、昔はもっと戦争のことが地続きだったけど、というと、どうして?と聞かれたので
「昔は戦争のことを語ってくれる人が身近にいたもの」
と答える。

わたしの祖父は二人とも軍の経験がある。そして、母方の祖父は原爆投下直後の広島に入って被爆しており、父方の祖父は原爆で兄をなくした。
また、子供の頃は8月に祖父の家に長期滞在していることが多くて、原爆の日はみんなで式典の生中継を見たりしていた。
そして、祖父からはたまに、当時の話を聞かせてもらっていたのだ。
けれど、二人とももう亡くなってしまった。


でも大木くんは、祖父から戦争の話を聞いたことはないのだそうだ。おじいさんは戦時中軍人として中国などへ行っていたそうだが、当時のことはあまり話したがらなかったのだという。

「うちの母親がいうには、じいちゃんは末端の兵士としてじゃなくてそれなりの立場の人間として行ってたみたいなんだよね。そこで子どもには語れないような残虐なことを指示したりしてたのかもしれない」
という。
被爆者など、一方的な被害者であれば、傷がある程度癒えた頃に他者へ話すことのできる人もいる。けれど、加害者としての記憶はなかなかそんな風には話せないからね、と大木くんは言った。

「そうなんだ」
複雑な心持ちになって、わたしはなにも言えない。


学生の頃インターンで行ったインドネシアで聞いた、戦時中の話を思い出した。
インドネシアでは、その前の3世紀にわたるオランダ占領時代よりも日本に侵略された3年間の方がひどかった、と言われている。
「この辺りにも日本軍が来て、食料は捨てられ、女性はレイプされたのよ。恐怖を植え付けるために彼らはそういうことをした。今も傷が癒えない人たちがいる」
インターン先の児童養護施設の女性はそう教えてくれた。
日本がそんな悪いことをしていたなんて当時のわたしは知らなくて、聞いたとき恥ずかしくて悲しくて申し訳なくてぼろぼろ泣いてしまったのだった。


そして今その話と大木くんのおじいさんの話がつながる。
戦時中に重大な人権侵害を犯した日本人はたくさんいる。そしてそういうことを戦略として取り入れ、部下に指示した人も。
それはわたしたちの祖父や曾祖父かもしれないということ。

もちろん、大木くんのおじいさんが戦時中何をしたかはわからないのだけれど。おじいさんももう亡くなっている。



「でもそういう話こそ語っていかなければいけないかもね」
とわたしは言った。
被害だけ語り継ぐより、よほど戦争のむごさや怖さ、汚さが伝わるだろう。
そうだね、と大木くんも言った。

けれど当時指揮する立場にいた人なんてもうほとんど生きていないし、健在だとしてもやはり自分からは話せないことだろう。
戦争とはそういう、人には話せないことをたくさん作ってしまうものなのだ。そのことは平和な時代を生きる人間としても知っておきたい。

お風呂上がりの挨拶

大木くんはいつも、お風呂上りにリビングに入ってくるとき、「ぼえ」とか「ほやぁ」とかの意味不明な音を発する。

大抵、顔は上機嫌である。

でかい体の大事な部分を申し訳程度にタオルで隠しただけの姿で入ってきて、わたしに向かって上記のような音を発し、そのまま隣の自室へパンツだけ履きにいく。

 

その様子にいつも「?」と思っていたのだが、どうも挨拶として発しているようだ。

 

家にいてずっと顔を合わせているから「ただいま」でも「おはよう」でもないけど、どこかへ行って戻ってきたから、挨拶がしたいらしい。

「お風呂上がりのちょうどいい挨拶」というのが存在しないため、言葉にならない発声になるようだ。

それは気兼ねなく自由気ままにふるまえているようでもあり、律儀に挨拶する様は子どもみたいでいじらしくもある。

 

わたしもなんとなく、「おかえり」「さっぱりしたねえ」などと返している。

 

 

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週末のご飯。

うちの実家から届いたジャガイモとピーマンの消費のためと、大木くんの実家から届いたトマトとウィンナーを消費するために、夏野菜のカレーとピーマンとウィンナーの炒めものに。カレーにはジャガイモとトマトのほか、ごろっとした豚肉とズッキーニと茄子を入れた。具だくさんで大満足。野菜の甘みでだいぶまろやかになったので、お好みでガラムマサラを追加。

 

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週末のおやつ。

大木くんの実家から届いたメロン。

わたしたちは今でも両親からいろいろなものをもらう。