君の木の下

子なし夫婦の日常備忘録(妊娠中)

インドア派だけどさすがに出かけたい

在宅勤務の日は大木くんが晩ごはんを作ってくれるようになった。

最近ではレシピを見なくても、冷蔵庫にあるもので適当な炒め物や味噌汁、焼き魚くらいは作れるようになっている。すごい成長ぶりだ。わたしが産休に入っても、勘を鈍らせないよう、土日は料理をしてくれるらしい。

 

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先日の大木くん作晩ごはん。干物とナスの揚げびたしと豚汁。これくらいならもうレシピサイトは必要ないようだ。そして最近はいつもおいしい。

穏やかな自粛生活。

しかしここへきてわたしは「おでかけしたい!」と身悶えている。

 

引っ越しの片付けもとうに終わり、週末はずっと家で本読んでるか、スマホをいじりながらだらだらしているか。

新しい部屋からは、窓を開けると眼下の歩道をたくさんのランナーたちが走っていて、わたしもそこに混ざりたいのだけれども、おなかが重くてそうもいかず。ああ。走れさえすれば、無為に過ごした土日もその汗で充実感に変わるのに。

 

仕事は毎日行っているが、産休前に一部引き継いでしまったおかげで今は毎日定時で帰れるし、なんだかメリハリのない毎日。みなぎる充実感とか達成感というものがない。土曜日の夜、「明日も休みだ」と思ってもそんなに嬉しくない。

だらだらするのがわたしだけならともかく、大木くんまでそうだとなんだか見ていられない。彼を堕落させてはダメだ、わたしが彼に充実感を与えねば、となぜか責任を感じてしまう。

お出かけしたい。美術館行きたい。千葉の海を見たい。フレンチレストランに行きたい。新緑の奥多摩に行きたい。

 

 

これまでわたしは、自分のことをインドア派だと思っていた。

実際、つい最近まで自粛生活に満足していたことを振り返ると、わたしはどっちかというとインドア派なのだろう。

けれど大木くんと付き合うようになってからは毎週のようにどこかにお出かけしていたし、それ以前だって、思い返せば自宅で女子会をやったり、会社の同期とちょこちょこ車で出かけたり、先輩にゴルフを教わったり登山に連れて行ってもらったり、一人またはサークルのメンバーでマラソン大会に出たり、仕事の勉強会に顔を出したり、一人でカフェや映画館に行ったり、週3でジム通いをしたりと、何かしら活動していた。

わたしって実はアクティブな人間だったのかもしれない、などと考えだす今日このごろ。

 

 

もう耐えられない!

12月に切迫流産になってからもうまる5か月もまともにお出かけできていない!

宣言解除されたし来週こそはお出かけする!

美術館でもフレンチでも行ってやる!

それが無理なら隣の駅のカフェでもいい!

もう妊娠8か月だけど!

これ以上まったく同じ週末が毎週続くのはいやだ!

 

 

 

今週のお題「遠くへ行きたい」

妊娠7か月の備忘録(体調と出産準備)

そろそろ安定期が終わる。

この一か月だけでも少し変化があったので、記録を残しておく。

 

 

【体調の変化】

・頻尿

 妊娠中は膀胱が圧迫されて頻尿になるらしい。6ヶ月くらいから徐々にあったけれど、最近は2時間おかずにトイレに行っている。幸い、夜目が覚めるほどではない。

 

・体重の増加

 5ヶ月くらいまではいいペースで増えていたが、ここ6週間くらいでガッと増えた。妊娠7か月の末の今現在で妊娠前に比べ7~8キロ増。え、まじかよ、いつのまに。って感じだ。食べる量も間違いなく増えている。お昼に注文する出前のお弁当、前はご飯の量を「極小」で頼んでいたのに、最近普通サイズでも足りないくらい。あるいは、ラーメンを作って2つのどんぶりに分けたとき、これまではちょっと多い方を大木くんに渡していたけれど、最近はちょっと多い方を自分用にしてしまう。おなかがすいてたまらない!

 

・体形の変化

 体重の増加に伴い、おなかもぐんぐん出てきた。2,3週間前から「急にお腹出てきたね」といろんな人から言われる。おなかの先端は肉がつまめるから、たぶん脂肪のせい。

 

・疲れやすい

 特にこの1,2週間、疲れが全然取れない。普段より少し多く(1キロくらい)歩いただけで疲れ果て、微熱が出る。そして翌朝も、まるでハイキングの翌日のようなだるさが残ったまま。これがあと3か月、より進行していくと思うとしんどい。

 

・耳が詰まる

 これは初期からだけれど、長時間(数十分)立っていると耳がよく詰まる。最近頻度が増してきた気がする。お辞儀をすると一瞬治まるが、唾をのむとまた詰まったりする。

 

・肌がかゆい、黒ずむ

 これは2か月前くらいからあるが、ある程度は花粉症のせいだと思っていた。実際、最近になって全身のかゆみは引いてきたものの、胸のかゆみがおさまらないのは困った。ブラがかゆくてつけていられないのだ。ユニクロのノンワイヤーブラ(縫い目がない)ならそこまでかゆくならないのでこれをつけているが、今度はサイズがきつい。一番おデブ用をかったのにな…。午後になると息苦しくなってくる。どうすればいいのだ。あと、最近わきの下が以前より黒ずんでいる気がする。これも妊娠のせいなのか?

 

 

【出産準備など】

・買いそろえたもの

 ちょっと気が早いかもしれないけれど、コロナ自粛でゴールデンウィークが暇だったこともあり、大木くんと一緒にネット通販でだいたい買い揃えた。

 買ったのは、入院準備品としてマタニティパジャマや産褥ショーツなど、赤ちゃんを迎える準備として肌着や布団、ベビーバス、おむつなど。本当は実店舗で物を見て決めたかったけれど、コロナ蔓延の今、電車に乗ってアカチャンホンポとか行くのは…とためらわれ、また、ネットの方が安いものもあったのでおむつ以外全部ネット。ベビー服などは西松屋とかの安いセット品を買ったりしたが、よかったのかな。もうちょっとこだわるべきだったのか? でも何にこだわるべきかもよくわからないしな。

 

・名前

 前回の健診で、「多分女の子だと思うけど…」と濁されたので男の子・女の子両方の名前を考えることにして、とりあえず名づけ辞典を買ってみた。が、どうやって名付けたらいいのか。正解のないものに、正解に近いものを求めてみても、沼にはまってますますわからなくなるか、ノリとフィーリングで適当なものにしてしまうか、どっちかになりそうだ。みんなどの程度考えて最終決定を下しているんだろう。

 

 

【その他】

・仰向け寝

 もともと仰向け寝でしか眠れないタイプで、寝返りもほぼ打たない人間なので、いまだに仰向けで寝てしまう。そのせいか、朝が一番足がむくんでいる気がする。いいのかな? たまに目が覚めると横向きに寝ているときがあるから、自然と調節できていると信じているけど…

 

・仕事

 少しずつ周りの人に仕事を引き継いで、だいぶ楽になった。というか毎週1回有給をとって毎日ノー残業で帰れるレベルで仕事が少なくなった。

 残業が続くとそれはそれで闘志に火が付き、前向きな気持ちになるものだが、ないならないで「ラッキー」って思ってしまう生き物だね、人間というのは。

 あと5週間強で休みに入る予定なので、さらに引継ぎを万全にして休みに入りたい。

 

・赤ちゃんの大きさ

 26週の時点で1050gくらいで週数相当ですね、と言われた。ネットで調べると、平均よりはやや大きめかもしれない。

 

 

わたしの7か月目はこんな感じ。

甲状腺ホルモン剤は飲み続けているものの、尿検査や血糖値の負荷試験では異常もなく、たぶんとても順調なパターンなのではないかと自分では思っている。ゴールデンウィーク中は、リラックスできているせいかおなかが張ることもなかった。

あとは出産までにコロナが終息することを願うのみだ。今のままでは立ち合い出産も不可だし、広島に住む親の助けも借りられない。保育園の見学もできない。

両親学級なども中止になっているので、最近は雑誌や動画を見ながら大木くんとイメトレをしたりしている。

 

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写真はイメトレに使われるシロクマ。

 

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先日の大木くんの誕生日ディナー。前日から赤ワインに漬け込み、2時間以上煮込んだシチューは、20分足らずで食べ終わった。。。ほかにりんごのタルトも焼いたが、これはまあまあおいしかったかな。

 

引っ越しの準備

「コロナ終わったらあそこへ行こうよ」

というのが合言葉になりつつある。

去年の年末から、わたしの切迫流産、大木くんの事故、そして今回のコロナで予定はほとんど延期、中止になってきた。テレビも総集編みたいなものばかりになってきたけれど、それを眺めて「ここいいね」「そこへ行きたいね」などと話している。コロナが終わったら行きたいところがたくさんできた。

 

大木くんは来週からやっと在宅勤務になるそうだ。(週2日は出勤するらしいけれど) わたしはこれまでどおり毎日出勤。残業も普通にある。電車はかなりすいてきた。人が半分以下になっていると思う。

わたしたちの日常にはあまり変化はないけれど、出かけられない分、食事にお金使ってもいいよね、なんて言って、普段買わないモッツァレラチーズを買ったり、ちょっといいお肉で焼肉したりしている。

3月下旬は緊急事態宣言が出るのでは、というデマが広がってスーパーから一気に物がなくなったりした。米やパンだけでなく、なぜか野菜も肉も魚もなくなって、困ったわたしはかろうじて残っていたお高めのホットケーキミックスを買って帰った。それから毎週のように週末の朝ご飯はホットケーキだ。メープル風味シロップじゃないちゃんとしたメープルシロップも買ったから、朝からちょっと贅沢な気分。こんなにお手軽に幸せになれるのなら、もっと前からお高めのホットケーキミックスを買ってみるんだった、なんて思っている。

 

実は来週、引越しをする。新しい家族を迎え入れられる、少し広い部屋に住み替えるのだ。

緊急事態宣言が出る直前は、「もう契約しちゃったのに、もし引っ越しができなくなったらどうしよう」なんて不安を抱いたが、結局引っ越しはコロナの影響を受けなかった。せいぜい、不動産屋さんに契約書のやり取りを郵送にしてもらった程度。

これで人生10回目の引っ越しになるけれど、引っ越しはいつも楽しい。次のマンションもボロいけれど、それでも未知の場所へ行くというのはわくわくするものだ。

2年前、初めて大木くんと暮らし始めたときも、それはそれは楽しかった。毎週家具屋さんやホームセンターをまわって、あーでもないこーでもないといいながら家具を買いそろえた。新しい生活への希望しかなかった。

今回はさすがに2回目なのでそこまでの新しさはないけれど、二人で協力して作業をするということそのものが楽しい。引っ越したら、ネット通販でベビー用品も買いそろえなくちゃ。コロナで出かけられないけれど、やらなくちゃいけないことがあってなんだか幸せ。

 

この町にいるのもあと数日なので、名残を惜しんで近所のカフェなどでテイクアウトして、ベランダでカフェごっこをやっている。のどかな日曜日。今日はベランダからくっきりと真っ白な富士山も見えた。

 

引っ越し先には近所にクレープ屋さんがあるので、引っ越したら食べに行こうと楽しみにしている。ゴールデンウイークはきっと暇だからお菓子やパンを焼いたりしたいなとも考えている。再来週は大木くんの誕生日だ。わたしはネットでちょっと高いポロシャツを探している。時間はたっぷりあるから、当日はじっくりとタンシチューでも煮込もうかなと思う。

 

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お題「#おうち時間

妊娠5か月、6か月の備忘録

気づけば妊娠7か月目に突入している。

体調は良好。おなかの中に人がいることにも慣れてきてさほど書くこともないけれど、次回妊娠したとき用に備忘録をしたためておく。

 

  • 16週~17週

健診結果:仕事復帰して初めての健診だったが、もう血腫の心配はしなくていいようだ。ストレッチや筋トレなどもしていいと言われる。

体の変化:少しずつおなかは大きくなっているのだが、周囲からはまだわからないようだ。わたしもなるべくおなかが目立たないゆったりしたニットを着ている。体を動かしたいがコロナでジムにも行きづらいので、YouTubeを見ながらマタニティヨガをすることに。なぜか大木君も一緒にやっている。花粉が気になり始めたので耳鼻科へ行って点鼻薬をもらう。

その他:職場の同じ係にもう一人妊婦がいることが分かった。予定日はわたしより2か月遅いそう。上司も頭が痛いだろうな。でもわたしたちはたぶんいずれも空気を読んで今の時期妊娠したわけで、本当にしょうがない。なお、その人はつわりが相当ひどいらしく、時々死にそうな顔をしてふらっといなくなってしまう。聞くと、トイレで吐いたり、食べづわり解消のために休憩室などでフルーツを食べたりしているのだそう。水も飲めなくなったと言って、炭酸ジュースをちびちび飲んでいる。つわりって人によってこうも違うのか。わたしは元気で、なんだか申し訳ない。

 

  • 18週~20週

体の変化:胎動を感じるようになった。17週ごろから、寝転がっておなかに手を当てていると「これが胎動かな?」というぷくぷくした感触はあったが、それが少しずつはっきりしてきた。19週のある日、わたしが床に寝転がっている横で大木君にギターを弾いてもらうと、びっくりしたのかいきなりポコポコと激しく動き出した。(音量を抑えてもらうと落ち着いた) それ以来、動き方を覚えたかのようにポッポコポッポコ動くように。初めは寝転がっている時でないとわからなかったものが、座っている時でもわかるようになってきた。

仕事:わたしの仕事は春から夏前が一番量が多い。だんだんと残業が増えてきていた。普段ならちょっときついくらいがちょうどいいと思って乗り切るところだが、2,3時間残業した程度で異様に疲れてぐったりしてしまうし、おなかの人に無理させているのでは、と思うと気が気でない。夕飯も適当になるし。これが胎児の将来的な健康や性格にまで影響するかもしれないと思うとなんとかせねばと思うものの、減るどころか増えていく仕事量。このまま4月、5月になったら死ぬ。妊婦だけど誰も肩代わりしてくれない……。平日に夜9時10時まで残るとおなかが張ってくるので、こっそり土曜日に出勤したりした。

コロナ:有名な神社に戌の日のお参りに行く予定だったが、コロナの不安が広がってきたのでやめにした。実家から両親と妹が遊びに来る予定だったが、それもなくなった。

健診結果:20週の健診でスクリーニング検査と言うものをやってもらい、時間をかけてエコーを確認し、頭の大きさだとか心臓だとかをチェックしてもらった。先生がものすごい何度も心臓の血流か何かを計っているなと思って見ていたら、「たぶん問題ないと思うけど、赤ちゃんが元気すぎて心臓については全部見きれなかった」と言われてしまう。まあ、元気なのは良いことだ。

 

  • 21週~23週

体の変化:ちょっとずつおなかが出てきて、職場のお姉さんに嬉しそうにおなかを触られたりする。その人は絵本をプレゼントしてくれた。

仕事用で買ったマタニティボトムスが、長時間座っているとゴムがおなかに食い込み、きつくなってきた。アジャスターのない、生地全体がびよーんと伸びるタイプのものは大丈夫なのだが。気候も暖かくなってきたので春物のワンピースを購入。産休に入るまではこれで仕事へ行くぞ。

体調:仕事が一日電話が鳴りっぱなしであちこちへ駆けまわったりした日は、おなかが張ったように痛くなることが出てきた。寝ても治らず、早朝おなかの張りで目が覚めることも。おなかの中にバレーボールでも入っているかのようにぷくっと膨れている。怖くなって先日はとうとう健診の日でもないのに病院へ行った。

ノンストレステストという、おなかにベルトを巻いて胎児の心拍とおなかの張りをチェックする検査を行ってもらう。結果、特に問題ないとのこと。「この程度の張りなら問題ないということを覚えてもらえれば安心かな」とその先生は言った。そして今日も「赤ちゃんめっちゃ元気」と言われる。よく動く子供らしい。落ち着きがない子が生まれるのかもしれない。

その他体調:平日はむくみもあってか体重が激増する。1日で1キロ増えた日もあった。バナナやアボカド、野菜ジュースなどでカリウムを摂取し、また着圧ソックスを履いてやや改善した気がする。

息切れしやすく、階段の登りがきつくなってきた。2階分の登りは諦めてエレベーターに乗るように。ちょっと悔しい。

仕事:4月に入り、人が補充されてやや負担が減った。ありがたい。

 

 

ざっとこんなところか。

そのほか、この2か月の変化で大まかなところは

 

①妊娠しているという状態になれてきたこと。

 ときどき、妊娠していることを忘れている。仕事中とか、休みの日にまったりしている時など。

 

②大木君がめっちゃ優しい。

 残業が増えて平日の晩ごはんを作れなくなった私に代わり、大木君が夕食を作ってくれることが増えた。先々週、それを忘れて退社時間が21時を過ぎてしまったことがあった。ハッとして大木君に電話すると、まだ食べずに待っているという。あわてて帰ったらさんまの塩焼きとナスの焼きびたしとにんじんしりしりの晩ごはんが。しかも大木君は怒っていなかった。もう感謝しかない。

 翌日そのことを職場の人に話すと「だんなさんめっちゃやさしー!」と言われた。と大木君に話したら、「キノちゃんにというより子どもにちゃんと栄養を与えたいだけです」とのこと。もはや私に対する優しさではなかった。子供が生まれ、授乳期間が終わったらわたしは用なしになるかもしれない。


③体重がかなり増えてきた。

妊娠前から6キロ増えている。このひと月で2キロ増。ちょっとペースが早い。晩ごはんをお腹いっぱいまで食べるせいだ。

 

④コロナ不安

緊急事態宣言で電車の込み具合はかなり解消され、朝から席が空いていることもあるが、怖くてドア付近に立つことにしている。自分ひとり罹って死ぬだけならいいのだけれど、今死ぬとおなかの人を道連れにしてしまう。

うちの会社全体では社員の出勤日数を減らすと言っているものの、うちの部署は対応ができないと上司が言っている。他の部署の同期は一日おきの出勤になっていたりするのに、わたしは毎日出勤している。取引先やうちの経理が納期を延ばしてくれないことにはどうにもならないみたいだ。職場の人口密度は減らないままだ。

ゴールデンウイークに来ると言っていた実家の両親と妹も、新幹線の予約をキャンセルしたようだ。もう生まれるまで、というか生まれてからしばらくも家族には会えないのかもしれない。

それから、かかっている病院がコロナ患者を受け入れているのだけれど、先日院内感染が発生したらしい。

そのせいで上に書いたおなかの張りで病院に電話しようとした時、全くつながらなかった。十何回かけてやっとつながることができた。

ホームページを見て、コロナの影響で入院患者への面会も、立ち合い出産もできなくなったと知った。出産のときまでに解消されなかったらどうしよう。一人で病院に行って、平均十何時間という出産を一人ぼっちでやらなければいけないのか? 先日のノンストレステストは陣痛室で行われた。あの6畳程度の部屋でひとりぼっちで……想像するととても怖い。

 

コロナにかかったらどうしよう、コロナがこのまま収束しなかったらどうしよう。

 

日に日にピリピリして、毎日何度もヤフーニュースを見てしまう。悪化するニュースしか出てこない。政府の悠長な対応に苛々が募る。職場行きたくない。

有休を使って早めに産休に入らせてもらおうかな、育休中の人も来月帰ってくるし……と考え始めたころ、その現在育休中の先輩から電話がかかってきて、「保育園が休園になったので復帰が1か月遅れます」と連絡があった。

夫が交通事故にあった備忘録

先日、大木くんが車にぶつかられたのでその後のことを自分用の備忘録として書いておく。長くなった。

 

  • 事故当日

先日のとある水曜日。

残業しないで会社を出て、夕飯の買い物を済ませてうちに帰り、とりあえずテレビのスイッチを入れたところで、スマートフォンが震えだした。070の知らない番号。だれ?宅急便屋さんかな?と思いながら廊下に出て電話に出ると、救急車のサイレンが流れてきた。

「?」

と思いながらもこの時点で嫌な予想が脳裏に。

「木ノ下さんのお電話ですか?」

と男性の声。

「はい」

「こちら〇〇消防署救急隊です。先ほど木ノ下△△さん(うちの大木くん)が交通事故にあわれまして、けがは大したことがないようなんですが」

なんだこのドラマみたいな展開は。でもけがは大したことがないんだな。救急隊の人もそんなに慌てた声じゃないし。と思いながら聞いていると、

「事故後駆けつけた我々に『ここはどこですか?』とか『わたしは何をしていましたか?』と聞いたりしているような状態で、お答えしても数分後にはまた同じ質問を繰り返したりしていらっしゃるので、念のため病院に搬送しています」

「はい…」

と答えた声が震えた。え? 記憶がなくなっているってこと? それ大丈夫なの? 頭打ってるの? 脳に損傷起こしてるの? 治らなかったら……

向かっている病院名を教えてもらい、慌ててメモを取っていると涙がこぼれてきた。大木くんに電話を替わってもらい、「だいじょうぶなの?」と聞くと、ちょっと困惑しているような、しかしいつもの声で

「どうも事故にあったらしく」

なんて他人事みたいに言う。膝がちょっと痛いくらいだ、という。

「まあこのようにご主人のけがは大したことないので、慌てずに病院に来てくださいね」

と救急隊の人が言って、電話が切られた。

 

慌てずに、と言われても! と思いつつもちゃっかり買ったばかりのひき肉を冷蔵庫にしまってからマスクをつけなおし、下ろしたばかりの鞄を再び肩にかけ、家を出た。幸い、マンションの前ですぐに流しのタクシーがつかまった。

タクシーの中でスマホを確認していると、十数分前にも大木くんのスマホから着信が来ていた。事故直後にわたしに電話をくれたのだろうか。気が付かなくてごめん。

病院まで20分ほどかかった。その間はスマホでグーグルマップの現在地が移動するのを眺めていた。

 

 病院に到着し、夜間受付で名前を言うと、中に通された。そしてそこにはストレッチャーの上に寝かされた大木くんが。

「大丈夫なの!?」

駆けつけた頭に手を置いた。ああ、と大木くんの反応はやや鈍い。

「顔がちょっと痛いのと、膝を少しケガしたくらい」

顔のけがは、少し擦りむいたくらいで大したことはなさそうに見えた。

「動けないほどなの?」

「動かさない方がいいかなと思って動かないようにしている」

看護師さんが寄ってきて、「奥さんもびっくりしましたよねー」と話しかけてくれた。うなずいてまた少し涙が出てきた。

これから頭のCTと足のレントゲンを撮るという。大木くんの荷物を受け取って、待合で待つことにした。

 

待ちながら、もし骨折でもしていたらどうなるんだろうと思ってネットで調べたりしていた。

 でもまあ、普通にしゃべれるし、よかった。

警察からわたしのスマホに電話が来た。後日必要になるから診断書を取っておいてくれとのこと。

 

検査が終わって、診察室に通された。大木くんはここでもストレッチャーに横たわったままだ。

昨日の晩ごはん覚えてる?と聞くとちゃんと答えられた。今日の昼にラインで連絡を取り合ったことも覚えていた。今日の夕方、職場を出た記憶はないという。その後、救急車に乗って運ばれた記憶も曖昧なのだとか。たぶん30分間くらいの記憶が飛んでいる。

整形外科の先生が来て、足のレントゲン写真を見せてくれた。特に骨折などもないし、腫れてもいないから靭帯の損傷なども恐らくないでしょうとのこと。診断書をください、と伝えると、症状が変わる可能性もあるから、事故当日は出せないとのこと。「警察なんかいくらでも待たせとけばいいんですよ」と楽しそうに笑った。

次に脳神経外科?の先生が来て、頭のCT画像を見せてくれた。特に出血等もなく、一時的に脳震盪を起こしただけだろうとのこと。わたしは記憶が飛ぶなんてやばいことなんじゃないかと思ったが、頭を打つとそういうこともあるんだそうだ。『頭を打った患者さんへ』というプリントを持ってきてくれ、「一週間くらいは様子を見て、何度も吐いてしまうとか、日に日に頭痛が強くなるとか、異変があったらまた来てください」とのことだった。

 

帰り際、看護師さんがわたしの鞄についてるマタニティマークに気付き、「うわっ、奥さんも大変な時に!」とびっくりしながら言った。

大木くんはまだふらふらしていたので待合に座らせ、わたしが会計を済ませた。タクシーで帰る途中に警察に電話し、事故の相手方の名前と電話番号を聞いた。相手が逃げるつもりで電話に出なかったらどうするんだよと思って勤務先も聞こうとしたが、高齢者なので無職なのだといわれる。高齢者かよ。免許返納しろよ。事故の原因だが、大木くんもその車も青信号だったらしい。横断歩道を渡っていた大木くんを、右折だか左折だかしてきたその車が弾いたのだ。ひどい話だ。

 

家に帰る前にコンビニでお弁当を買ったが、大木くんはあまり食欲がないようだった。食べている途中で事故を起こした相手から電話がかかってきて、わたしがとった。大木くんが命に別条がないと聞いて相手はたいそう安心していた。また電話するとその男性は言ったが、面倒なので「保険会社に連絡してくださいね」と伝えた。

 

 

  • 翌日

起きて大木くんの生存確認をする。

ちゃんと生きてはいたが、昨日より頭が痛いという。仕事に行けないほどではないかもしれないが、重要な会議があるわけでもないし休むという。

「わかった。何かあったら電話してね。お昼休みに一度電話するね」

と伝えてわたしは出勤した。大木くんがどういうぶつかり方をしたのか知らないけれど(本人も記憶がない)、頭のけがは、ぶつけた直後は何ともなくとも、実は脳内で小さく出血していて数時間後に死ぬ、なんて人もいると聞く。心配である。

 

お昼休みに約束通り電話した。出ない。2回かけて、多分寝ているのだろうと判断し、一度食事に戻る。数十分後、再び電話をする。出ない。もう一度。出ない。もう一度。出ない!

お昼休みはもう終わりそうだった。大木くんは多分寝ているだけだ。心配しすぎるのはよそう。と思う。

でも、万が一死にかけていたら?

そんなはずはない、と思うが、冷静に考えて今日の午後急ぎでやらねばならない仕事はなかった。1,2時間中抜け休暇をとったくらいでは、特に周囲に迷惑がかかるわけでもない、と判断した。

上司に声をかける。

「すみません、ちょっと中抜けしてきてもいいですか?」

「どうしたの?」

「夫が昨日事故にあって、頭を打っていて。今日は頭痛がすると言ってうちで休んでいるんですが、さっきから電話に出なくて」と言ったら自分の目から涙がぼろぼろ出てきて自分で驚いた。どうやらわたしの中に恐怖があるらしかった。「十中八九寝てるだけなんですがちょっと心配で」

そんなわたしを見て止められる人がいるわけがなく、許可をもらって職場を出た。バスかタクシーか迷ってタクシーを捕まえた。

平日の東京。車は多いし、ほんの百メートル程度ですぐに信号に引っかかる。公共交通機関の方が早かったかも。歯噛みしながらまたグーグルマップを検索する。一応、車の方が5分ほど早く着くことになっている。5分かよ。あーあ、どうせ大木くん、ただ寝てるだけなのに。

 

3,500円払ってタクシーを降りる。エレベータまで駆けて上へ。うちへ入る。寝室をのぞく。大木くんがいる。わたしに気付いて、もぞ、と動いた。

「だいじょうぶなの?」

「え。うん。あれ、どうしたの?」いつもどおりの声。

「電話に出ないから帰ってきたんだよお」

言いながらまたぼろぼろ涙がとめどなく溢れてきた。なんか漫画みたいだな、と自分で思った。

「ごめん、寝てた」

うわーと声をあげて泣いた。大木くんの枕元にへたり込んで。

涙はなかなか止まらなかった。

 

大木くんは、やはりまだ体が回復していないようで、午前中もずっとうつらうつらしていたそうだ。そのあと、大木くんはまだ何も食べてないというのでコンビニへ行ってパンを買ってきた。でもまだ食欲がないらしく一つしか食べなかった。まだ頭が痛いという。見ると昨日はなかったのに、まぶたに紫色の内出血ができている。わたしは2時間休みをもらうことにして、晩ごはん用にと昨日買っていたカブとひき肉で煮物を作って、また職場に戻った。

夜は職場の人と観劇に行く予定だったが、キャンセルして定時で帰った。大木くんは夕食もスープくらいしか食べられなかった。

夜眠るとき、手をつないだ。「心配かけたね」と大木くんが言うので、「無事でいてくれてありがとう」と答えた。

 

 

  • そのまた翌日

朝、わたしが出勤準備をしていると大木くんがいきなり起きてきてトイレにこもってしまった。出てくるなり、トイレの入り口にもたれかかったまま「スープある?」と言う。

「気持ち悪いの?」

「うん」

おとといの夕方からあまりちゃんと食べれていないので空腹から吐き気につながったのだと思う。寝室に連れて行って壁にもたれさせ、スープはなかったが、前日のカブの煮物のお汁をとりあえず温めて出した。

単なる低血糖か何かによる吐き気だろうとは思う。でも、病院で「何度も吐くようだったらまた来て」とも言われている。目の周りの内出血が、昨日よりひどくなっている。

「わたし午前中休もうか?」

と聞くと、

「うん。俺もちょっと不安だからそうしてほしい」

という。弱気な大木くんは珍しい。わたしは会社へ電話することにした。

 

結局、昼まで様子を見たけれどまた吐くことはなかったので午後は出勤した。気を抜いて1時間ほど残業して帰ったら、昼より少し体調の悪そうな大木くんが待っていてしまったと思った。

 

 

  • その後

ただその後はゆっくりと回復していった。

翌日は週末だったので、近所の眼科へ行く以外はゆっくり過ごした。

目の周りはパンダのように濃い紫色が大きく広がっていたが、眼球そのものに損傷があるわけではないようだった。

本当はこの日は、結婚式をした日に食事会をした神楽坂のフレンチの予約をしていたのだけれど、行ける状態ではないのでキャンセル。

まだふらふらする、と言いながらも月曜からは大木くんも仕事に復帰。目の周りの内出血も徐々に消えていった。膝の痛みや、あごの周りの痛みも、事故から2週間たつ頃にはほぼなくなった。

相手方の保険会社からも連絡があり、治療費、タクシー代、破れたコートの代金、慰謝料等が段階的に振り込まれている。何万か慰謝料があったそうなので、大木くんがわたしにも2万円くれた。

後日診断書をもらって大木くんが調書作成の協力のために警察へ行ったところ、調書の内容がちらっと見えて、相手方が77歳であることがわかったという。後期高齢者だ。まじで免許返納しろ。そしてどうやら、大木くんは車にぶつかられてそのままボンネットに乗り上げ、その時に頭を打ったらしいということも分かったという。ボンネットに乗り上げるほどってその車結構スピード出てないか? 青信号で横断歩道を渡る歩行者に気付かずそのままつっこむってけっこうやばいぞ。今すぐ免許返納しろ。

 

 

  • 感想

とまあ色々あったが、特に後遺症も今のところなく、治ったようなので本当によかった。

あと、家族がいるって安心なことだなとあらためて思った。これがもしただの恋人だったら、救急隊からわたしの携帯に電話がかかってこなかったかもしれないし、大木くんが電話に出ないからといってわたしが仕事を抜けることも難しかったかもしれない。よかった、結婚しておいて、と本気で思った。しかも大木くんは、わたしが病院に駆けつけたときは意識ははっきりしていたように見えたのに、そのあと聞くと救急車の中の記憶もないし、病院で医師から何を言われたかもよく覚えてないという。付き添える家族がいてよかったよ、本当に。

大木くんは事故後しばらく、以前より甘えてくるようになった。

今回はまったく元通りになったからこう言えるけれど、事故って結構甘美な経験だなどと終わってからは思う。大木くんがどれほどわたしにとって大事な人物であったかが気づくことができたので。

 

 まあもう当面事故とかいらないですけどね。

 

おわり。

マタニティマークをつけていると電車で席を譲ってもらえるか

自宅安静が解除され、2月から職場復帰した。ただし医者からは「まだ完全に血腫がなくなったわけではないし運動はするな」と言われていたため、たぶん満員電車で踏ん張っているのもよくないのだろうと考え、ラッシュのピーク時を避け、鞄にマタニティマークのストラップをつけて通勤することにした。

続けること5週間。譲られたり譲られなかったりした記録をしたためておく。

 

結論から言うと、譲ってもらえたのは3回。うち2回は優先席の前に立っているときで、目の前に座っている方が気づいて譲ってくれた。朝ではなく夕方の電車だった。

残りの1回は朝の通勤時で、優先席でないシートの前に立っていて、斜め前の席が空いた時、隣で立っていた人が自分は座らずわたしに席を譲ってくれた。この時は降りる駅までもう一駅だったのでお礼を言ってお断りをした。

譲ってくれたのはいずれも女性の方だった。

 

3回とも、ここ2週間ほどのことである。血腫がまだ治っていなかった妊娠4か月の頃はまったくおなかが出ていなかったため、周りの人も、マタニティマークに気付いても譲りづらかったのかもしれない。

最近はコートを着ていても「よく見ればお腹周りが大きい」のがわかるようになったせいか、譲ってもらえる率が増えたようだ。

 

気づいたこととしては、優先席付近に立っても、座っているほとんどの人が顔をあげもしない、だからマークにも気づかないということだ。だいたいスマホでゲームをしている人が多かった。たまにお腹が痛いときがあって、目の前の人たちがみんなそうだとちょっとつらかった。

一度優先席で席を譲ってもらったときに、隣に立っていたおじさんがすかさずそこへ座ってしまったこともあった。その時は譲ってくれたおばちゃんが「この人妊婦さん」とおじさんに教えてあげて座らせてもらえたが。まあみんな他人の鞄についてるストラップなんか見ないよね。

 

座らせてもらったものの、もしかしたらあのおじさんも体のどこかが悪かったのかもしれない、などと考えると後味が悪い。普段は健康だけど今日は足をねんざしているとか、風で体全体だるい、みたいな人もいるだろう。

そう思うと、ただ妊婦だからと言って席を譲ってもらうのはちょっと申し訳ないような気がしてきた。わたしはつわりもほとんどないし、絨毛膜下血腫もこのあいだの検診でほぼなくなっていたしな。

 

よし、これからは体調がいい日はストラップは外から見えないように鞄の内側につけておこう。

 

と金曜から実践し始めたものの、金曜の夜は電車が混んでいて吊革にすらありつけないかもしれなかったため、結局マークを外に出した。

人と人とが密着する満員電車でも、マタニティマークを付けた鞄をおなかの前に抱えていると周りの人達がやんわり距離をとってくれるので、危険を感じずに電車に乗っていることができることがわかった。

 

 

まだお腹がほとんど出ない状態でのマタニティマークを付けての通勤の記録としてはこんな感じ。

希望としては、優先席に座っている健康な人は、客の乗降があるたびに周りに目を向けてほしいと思った。

一方、やさしい人には気を使われてしまうので、妊婦側としても特に周囲に気付いてもらう必要のないときにわざわざマークを付けていることもないだろうとも思った。ただしこれはわたしが通勤時間が短いからそう思うのであって、毎日長時間電車に揺られている人は、体調が良い日であってもなるべく座った方がよかろうと思う。

妊婦でももりもり元気に行くわよ!と言いたいところだが、妊娠初期に活動的過ぎた結果が切迫流産による1か月以上の休職だと思うので、やはり無理は禁物。

 

 

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コロナの影響で外出はなるべく控えているけどあまりに動かなさすぎるのも…と思ってお散歩がてら大木くんと近所のカフェへ。わたしたちのほかに客は2組しかおらず、ここなら安心。

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金曜日に大木くんがうどを買ってきたので酢味噌和えと天ぷらに。酢味噌和えのさわやかさと天ぷらのジューシーさに感動。うどって食べるの2回目だけどこんなにおいしい食べ物なのね。




新型コロナウイルスの備忘録(3月1日時点)(自分用)

非日常的な出来事は形を変えて人生で何度も訪れるし、渦中にいる今は淡々と日々の変化を受け入れているけれど、やっぱり非日常的だとも思うので記録しておく。

みんな知っている状況を記録しているだけなので読んでも面白くはないと思う。本当に、十年後とかに読み返すようの備忘録。カミュの小説『ペスト』のようなことが目の前で起こっているようで興味深いので。

 

1月中はずっと自宅安静だったので昼間のワイドショーをよく見ていた。中国ではやっている新型コロナウイルスのニュースを見ていて、まあ日本でそんな重大な事態になることはないと思っていた。18日に父が出張のついででうちに遊びに来た時、3月に上海に旅行予定だという父に、「流行ってるのは武漢だけど、十分注意して行ってね」というようなことを言った。

しかし事態は刻々と進行し、翌週には武漢以外の中国のほかの地域でも外務省のホームページで注意喚起がされるようになり、わたしは母に「旅行は延期したら?」とLINEした。

 

1月末に春節で(例年よりは少ないとは言え)多くの中国人が日本を訪れるようになると日本国民にも危機感が芽生え始めてきたらしく、安静が解除された31日に慌ててドラッグストアをのぞいたが、もうマスクは一つも売っていなかった。何件もコンビニも回ったけれどやはりマスクの棚は空っぽだった。東京がこんなことになっているとは思ってもいなかった。

驚いて夫婦ともにそれぞれ両親に連絡をとり、マスクを送ってもらうことにした。そのころは、ど田舎まで行けばまだ売っているところがあったのだ。(と言っても私の実家の近くはもうほとんどなかったようで、母から話を聞いた、さらに田舎に住む友人がかってくれたらしい)おかげでひと月たった今もマスクはまだ備蓄がある。みんな「妊婦が感染したら大変だから」と探し回ってくださったようだ。大変ありがたい。

週明けから職場復帰したが、毎日食事の時以外はマスクをつけ、職場についたらまず手を洗い、食事の前にはウェットティッシュで手を拭いた。やりすぎかなあとは思ったが、一般的に妊婦が肺炎にかかると重症化しやすいらしいので気を付けるに越したことはないだろう。

ちなみにマスクについてはその後職場でも配られた。あるところにはあるらしい。

 

しかし職場復帰してしばらくはまわりでも毎日ずっとマスクをつけている人は半分もいなくて、なんだか自分だけ過剰に心配して馬鹿みたいだとも感じていた。ニュースではよく「正しく恐れましょう」というようなことが言われた。SARSやMARSよりずっと致死率は低いですよ、日本では毎年数十万人がインフルエンザにかかり数千人が死んでいるのだから、それに比べればずっと影響は少ないですよ、普段やっている感染対策を徹底すればいいんですよと。

 

状況が変わってきたのはここ2週間くらいか。

日本でも感染経路のわからない人や市中感染のニュースが次第に現れ、それが報じられるようになり、ニュース番組は毎日トップでそれらの情報を伝えた。ヤフーニュースのコメントはときに数千件、いや1万件を超えた。渡航歴や感染者との濃厚接触者以外は検査をしてもらえないらしく、メディアではひっきりなしに政府の対応が批判された。発表されている以上に実際は感染者がたくさんいるのではないかと言われたし、国民もうすうすそう感じ始めたようだ。気づいたら電車に乗っても9割以上がマスクをしているような状態になっていた。周りの社員もお客さんもほとんどがマスク姿。

 

東京マラソンのような大規模イベントが縮小されたりし始め、勤め先にも「対応を考えた方がいいのでは?」という空気が流れ始めた。

21日に関連会社に電話をかけまくって向こう4週間のイベントを実施するのかを確認したときは、9割が「実施」と回答したが、3連休が明けた25日に再度電話したときは9割が「中止」と答えた。

新型コロナウイルス関連の問い合わせも増えて来て、ひっきりなしに新しい情報も入って来るし、毎日3時間はそれらの対応に追われている感じで、本来の仕事も進まない。上司は「接触してないのにコロナに感染しそう」と言っている。逆に大木くんは、予定していた現場での仕事がなくなったりして暇になったらしい。

駅では「厚労省からのお知らせです」なんて時差出勤や在宅ワークを求めるアナウンスが流れるようになった。

 

そして衝撃は27日夕方の「小中高等学校全国一斉休校の要請」だ。残業中にその噂をきいて「そんなに劇的な策を?」と思ったが、うちに帰ってニュースを見たら本当だった。東日本大震災のときのニュースの緊迫感を少しを思い起こさせた。そんなに大きな出来事だったっけ?子どもの重症化ニュースって聞かないけど。

その日はコロナウイルスの夢を見た。

業務委託先が「コロナウイルスの感染拡大防止のため、当面閉店します」と言ってきて、それは困る。いや、困るのはうちじゃなくてお客さんなんだけど、とっても困る。と思って、考え直してもらえないか説得しに行く夢だった。

 

しかしどうなることかと思ったが、少なくとも、おととい、28日時点ではうちの部署でやっているサービスは原則従来通り続けられることが決まっていた。

トイレで社員たちもうわさしていて、「総理、手を付けやすいとこから手を付けやがったな」と言っていた。本当にその通りだ。企業や経団連にいうことを聞かせるのは難しいし経済的な大パニックは避けたかったんだろう。その点、学校なら経済的な影響はそこまで大きくないし国の言うことも聞く。ただ小学校低学年のお子さんのいる家庭は厳しいだろうなと思った。実際、そういう苦情が業務委託先からも届いた(スタッフが確保できないと)が、その日のうちには学童が夏休みや春休みと同じ時間開所することが決まった。学童は大半が非正規職員だしいきなり長時間開所して人を集められるのか疑問だし、学校より密室で密度も高いイメージがあって、感染拡大防止になるのかも疑問だけれど。まあこれで大人たちの日常は守られたわけだ。

あふれかえる情報にてんやわんやではあったが(元請けからは深夜1時にメールが来ていたりした。お疲れ様です)、なんとか平常通り週末を迎えた。

 

大木くんと話し合って、しばらく休みの日もわざわざ電車に乗って出かけたりはしないことにし、この週末は耳鼻科へ行ったり(花粉症患者にとっても重要な時期である)、ほけんの窓口に行ったくらいでゆったり過ごした。ジムにも行ったけれど、わたしは壁に向かって歩くだけだし客が数人しかいない時間帯だったので大丈夫だろう。と思う。

来週末は本当は戌の日のお参りに行くつもりだったけれど行かないだろう。

みんな同じように行動しているのか、土曜の昼のスーパーは異常なくらい混雑していた(レジに20分以上並んだ)。マスクの入荷でもあったのか、近所のドラッグストアに長蛇の列ができているのを見かけた。完全なデマであるのに全国的にトイレットペーパーやおむつが品切れを起こしているという。本当にトイレットペーパーを今日切らした人や赤ちゃんのいる家庭はたまったものじゃないだろう。いつも職場で使っているアルコールウェットティッシュがほしかったが、これも売り切れだという。

 

ニュースでもあまり「正しく恐れましょう」とは言われなくなってきていると感じる。当初想定されていたよりも感染力が何倍も強かったことがわかり、致死率も全体では2%ほどのようだが(それでもインフルの20倍?とかだ)、高齢者や他の疾患のある人ではその何倍も致死率が高いことがわかってきた。若い人の重症化のニュースも出てきている。

 

これからどうなるのだろう。

全国一斉休校の間にも企業の経済活動はつづく。わたしは2月の職場復帰時点から通勤ラッシュのピークを避けて通勤しているとはいえ、それでも乗車率およそ100%(つり革が全部埋まるくらい)のこの状態は何も変わっていない。ピーク時も、たぶんさほど変わっていないのではないか。うちの会社は遅れていて、リモートワークはできないが、そういう会社もいっぱいあるだろう。

本当に収束していくのだろうか。

オリンピックは開催されるのだろうか。日本経済は大丈夫なんだろうか。

ちなみに大木くんは、円が安くなったこの機会に外貨建ての預金を戻そうと考えたらしいが、今の彼の預金はオーストラリアドルとかばかりで、このあいだの大規模森林火災で円安どころじゃないほど安くなってしまっていたそうだ。そりゃそうだ。

 

たぶん明日からもちょこっと縮小されたいつもどおりの日常がつづく。

 

 

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土曜日のお昼は菜の花のペペロンチーノ。晩ごはんは餃子。お出かけできないので、食事くらいは楽しくしたい。