君の木の下

夫婦と子どもふたりの日常備忘録

近況

コロナのせいで、ふみちゃんを親戚に全然会わせられていない。
痺れを切らして、先月うちの母が、2週間おいて大木くんのお兄さんが、立て続けに我が家にやってきた。
母は混み合う東京駅まで行くのを避け、わざわざ新横浜で降りてタクシーで家まで来た。お兄さんは高速を5時間も走って車で。そこまでして会いに来てくれたんだなと思うと嬉しい。

面白かったのが、二人のお土産がちょうど欲しかったものだったことだ。
母に「お土産はなにがいい」と聞かれ、産休に入って以来『だし道楽』の自販機がある場所に行けていないのでだし道楽をとお願いしたら、「ちょうどお土産にとだし道楽を昨日買ったところ」と返事が来た。すごい。通じ合っている。
お兄さんが来る日には、焼き肉やしゃぶしゃぶが間も持つしご馳走感もあっていいかなと大木くんと相談していて、当日の朝にお肉を買いに行くつもりだった。そしたら前日にお兄さんから「飛騨牛を買ったので明日は焼肉にしよう」と連絡が来た。すごい。通じ合っている。
あげたいものとほしいものが完全に一致するって幸せなことだ。

3ヶ月の赤ちゃんと家にずっといてもつまらない(だろうと思われる)ので、2回ともサンドイッチを買ってピクニックに出かけた。空はよく晴れていて日中は暖かく、親子連れが沢山いた。ふみちゃんがもう少し大きくなったらあんなふうに楽しめるね、などと会話する。子育てをすると無限に未来を思い描けるのが楽しい。


最近のふみちゃんは、わたしや大木くんが抱っこ紐をつけ始めるとふとおとなしくなってじっとこちらを見つめてくるようになった。
あの気持ちいい乗るやつだ! というのがわかるようになってきたのかもしれない。

でも抱っこ紐をつけて歩くときは実は大人は結構ひやひやしていて、うしろから走ってくる足音なんかが聞こえると、ぶつかられたらどうしようと身構えていたりする。
「抱っこ紐してるとき、今転んだらどうすればふみちゃんが怪我しないで済むか、転び方をシミュレートしながら歩いてるんだ」
とわたしが言うと、大木くんも「わかる」と言った。
自分一人で歩いているときは気にならなかったけど、ふみちゃんを抱っこしていると、前からやってくる自転車などが万が一にもぶつかってこないか不安になるんだそうだ。
わたしは妊娠中からそうだったけれども、大木くんもふみちゃんと触れ合っているうちに母性本能?父性本能?が出てきて同じことを考えるようになったらしい。


最近わたしはふみちゃんがかわいくてたまらず、1日に何枚も写真を撮り、何度も見返している。
この気持ちは何かに似ている。そう、大木くんと結婚した当初の気持ちに似てる。日に日に膨らみ続ける愛しい気持ち。愛?恋?そういうやつと同じ。
仮にふみちゃんが望んでなかったとしても、お昼寝のときは添い寝して、彼女が眠りにつくまでぬくもりを分け合う。おでこに口づけをする。

大木くんはこんなふうな爆発しそうな愛の気持ちはないの?と聞いてみたら、ないと言う。でももし自分かふみちゃんかどっちかしか助からないなんて局面があったら迷わず自分の命を差し出しそうだね、と言ったら、そりゃそうだと返された。


日中はふみちゃんがバタバタしてできないので、爪切りは夜、彼女がしっかり眠りについたあとでやる。
ばんざいで眠るふみちゃんのちいさな手を持ち上げ、わたしが右手を、大木くんが左手を。
爪を切ったあとしばらく二人でふみちゃんを見つめる。
幸せになってほしいねとわたしが言うと、大木くんも微笑んで頷いた。