君の木の下

夫婦と子どもふたりの日常備忘録

妻の名字を選ぶ

「最近ようやく木ノ下に慣れてきた」

歯医者から帰って、大木くんが言った。

「そっか。職場では大木だもんね」

「そう。なかなか呼ばれる機会がないからさ」

 

そう、大木くんは結婚の時わたしの姓を選んでくれたから、本名は木ノ下なのだ。ただ、今も仕事では旧姓を使っている。

結婚に際し、木ノ下を選んでくれたこと、とても感謝している。

 

わたしは木ノ下という名前にアイデンティティみたいなものも感じていて、結婚で名字が変わってしまうことに対してとても抵抗があった。仮に変わっても、少なくとも仕事では旧姓を使おうと決めていた。(前の職場は旧姓使用を認めていなかったから、そういう意味でも転職したかったほど)

しかし、いざ結婚という段になって、「俺が木ノ下になってもいいよ」と事もなげに大木くんは言ったのだ。

今より珍しい名前になってみたいし(木ノ下はブログ上で便宜的に使っているだけの名前で、わたしの本名は本当はかなり珍しいのだ)、「大木」は父親の継父の名字であるため、血筋的には大木でも何でもないからと。

 

最終的には字画で大木になるのがいいか木ノ下になるのがいいか選んでもいいよね、とにかく別にどっちでもいい、というようなことを大木くんは言ったのだった。

 

こりゃ大変ありがたいと思って、こっそり字画を調べると、大木くんが木ノ下になった場合、下の名前も含めた総合的な運勢はどうも悪くなることがわかったのでわたしは言わないことにした。

まあ、本名よりも普段使用する名前の方が運勢には関わるという話もあるし、職場で旧姓を使うんなら大丈夫やろ。とか心の中で言い訳をして。

 

 

相手がわたしの名字になるのだ、ということを職場の同期の男の子(新卒、22歳)に話したところ、「かわいそうだ」と言われたりもした。

「いいよって言ってくれてても心の中では、木ノ下さんが『あなたの名字になりたい』って言ってくれるのを待ってるんじゃないかな。男ってそういうものだよ」と。

東京生まれ、平成生まれの彼からそんな風に言われるとは思っていなかった。世間はそんなにまだ古風な考えを持っているものなのだろうか。

 

そのあと大木くんにこの話をしたところ、「そういう風に思われるんだったら逆に木ノ下にしたくなくなるな。そんな風にはまったく思ってないのに」とのことだったので、その話はそこで終わりにして、わたしはそれ以上ぶり返さないようにした。大木くんの気が変わるきっかけを作らないようにと。

 

 

その後、婚姻届けを出した日に、せめてもの代償を払いたいと思ってわたしは彼に新しい印鑑をプレゼントした。2本。水牛の角とツゲ。併せて2万円弱くらいだったか。

でもその後の各種手続きという手間を払わねばならないのは大木くんなのだ。大木くんは淡々と、はた目にはまったく苦もなさそうに、免許証、パスポート、クレジットカードや銀行口座、スマートフォン、保険等の名義変更を一人で行い、職場でも滞りなく旧姓使用の手続きをしたようだった。

大木くんはこうしたこまごました手続き関係を普段からめんどくさがらずにやるタイプなので大変さはまったく伝わってこなかったが、わたしがやっていたら気絶していたと思う。

 

名義変更した免許証なんかを、大木くんは都度見せてくれた。

それはなんだか昔から木ノ下くんだったような、とてもしっくりくる字面で、わたしは、夫婦というよりか兄妹か親子か、とにかく昔からの家族だったような不思議な感じがしたのを覚えている。

 

 

でも、これでよかったんだろうかと時々思うこともある。

もし2018年時点で夫婦別姓が制度化されていたなら、わたしたち夫婦は別姓を選んだに違いない。(まあ、そうなったらそうなったで、子どもの名字をどうするんだという問題ものちのち発生するのだが)

大木くんは木ノ下になって幸せかしら。

 

ただ、わたしが大木になっていたとしたら、煩雑な手続きにパニックになっていただけでなく、その後何年も「もうわたし、木ノ下じゃないのね」と悶々とし続けただろうから、二人の悶々具合を天秤にかけたら、これでよかったのかな、と思うしかない。

それと、大木くんは時代の最先端になりたい男(妻調べ)なので、夫婦別姓が話題になっている今の時代において、まだ4%という圧倒的少数派な妻氏婚に挑戦するのはそれはそれで面白いと思っているはず、と勝手に解釈している。(とはいっても25組に1組は妻氏婚なんだよなあ。まだまだ少ないけれど、ここ十年だか二十年だかでじわじわ増えてはいるようだ)

 

ちなみに、両親の反応だが、うちの両親は「へえ」で、大木くんの両親も「あら、そうなの」くらいだったと記憶している。わりととどうでもよさそうだった。あまり「家」というものに関心がない親たちなのは助かった。わたしは三姉妹の長女で、大木くんは二人兄弟の次男だったのも、反対が出にくい要因だったかもしれない。

 

 

こうして無事木ノ下の座を守ったわたしだったが、とはいえ簡単には取り返しのつかない手続きをしてしまったという責任感はある。

「木ノ下さんと呼ばれることに慣れてきたよ」と報告してくれた大木くんだけど、その時の感情はどんなものだったのだろう。喜び?諦め?ワクワク?無感動?

わざわざ報告してくれたから、無感動というわけではないんだろう。ちょっとでもプラスの感情が混ざっていたらいいなと願っている。

大木くんが、木ノ下の名前で、幸せになれるようにする、責任が、わたしにはある。

 

 

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日曜日の晩ごはん。

親知らずを抜いたばかりの大木くんが、白いごはんそのままより何かかけた方が食べやすいというので、シチューにした。お好みにご飯にかけて食べてください。圧力なべで具は柔らかくしてあります。

それから、昨日の残りのカブの葉をごまあえにしたものと、タラモサラダ。

 

次回のためのメモ:圧力なべを使うときはもっと水を減らす。カブの葉は味気ないからそれだけではあんまりおいしくない。


わたし的には失敗ごはんなのに、美味しいと言って完食してくれる大木くんである。